6
奈菜の自由を奪っていた包帯を解く。
永遠に繋いでおきたい気持ちを堪えて、
赤くなってしまった彼女の手首や腿をさする。
もの言わず床に転がり落ちた包帯は、奈菜を手中に収めるための手段で、
同時に、彼女が自分のモノだと思うための象徴だった。
それを失って俺は、少しだけ心細くなる。
奈菜はまだ、余韻が冷めないらしい。
火照った顔をしながら、腕で胸を隠している。
「……奈菜」
「…………なに……?」
何年も、気が遠くなるほど焦がれた彼女が目の前にいる。
醜い欲望で汚したくなくて、ひたすら我慢し続けた。
数えきれないほど何度も、繰り返し夢の中で犯し続けた。
誰にも渡したくない、誰よりも幸せでいて欲しい、
そして俺が幸せを与えたい、たった一人のひと。
これまで、俺は彼女が男と別れるたび何度も想いを告げようと決意した。
けれど、神様は少しも優しくはない。
いつだって俺の告白よりもほんの少し前に、奈菜に新しい男を用意する。
強引にならなければ、想いを告げることさえ叶わないと思った。
はたして、自分のこんな煮詰まった想いを奈菜にぶつけてもいいだろうか。
もしかしたら彼女を傷つけ、壊してしまうかもしれない。
だけどもう。
俺の気持ちは奈菜以外では満たされることがないと、自分でもわかりきっていた。
名前を呼ばれて奈菜は、アーモンド色の綺麗な目で俺を見る。
逃げ出す様子も、泣く気配もなく、
ただ薄靄のかかった視線を俺に送ってくる。
胸を締めつけられる思いがして、俺は息を詰まらせた。
奈菜の内側に吐き出した思いの丈は、一体どんな言葉にすれば、
正しく彼女の心にまで届くのだろう。
俺の余韻と証は、きっとまだ奈菜の中にある。
腹の中に。そしてさっきまで俺がいた、体の中に。
なのに俺はまだ、なにも満たされない。
唇を噛んだ俺を見て、奈菜は軽く首を傾げる。
「……和也……?」
子どものころから変わらない愛らしい声には、
初めて耳にする、しとねの艶っぽさが含まれている。
「……まだ俺の名前、そうやって呼んでくれるんだな」
「それは……」
「当たり前?」
「……うん」
「どうして? こんなひどいことしたのに?」
「……だって和也は――……」
「俺は? ……俺は、奈菜のなに……?」
思い切って尋ねると、奈菜は形のいい眉を、
昔から困った時にするのと同じようにハの字に曲げて口ごもった。
「ごめん。わからなくてもいいよ。……俺もずいぶん、悩んだから」
俺はそっと壊れ物に触れるように、奈菜の手のひらを握り締める。
彼女は黙ったまま、顔を伏せた。
「その代わり……奈菜がその答えを見つけるまで、俺は奈菜を離さない」
言葉でどれだけの想いが伝わるかなんて、俺にはわからない。
けれど、わからないからと手をこまねいてばかりいるのは、もう止めだ。
ほんの少しでいい。この狂おしいほどの愛しさが奈菜に伝わって、
そして、この気持ちがほんの少しでも、奈菜の喜びに繋がれば。
長く考えこんでいた様子の奈菜は、わずかに手を動かす。
「……う、ん」
「ん……? なに、奈菜」
「……うん」
奈菜は小さく頷いた。
目元を桜色に染め、心許なげな顔をしながら、それでも頷き俺を見た。
そして彼女は手のひらを握り返す。
俺が掴んでいるよりも、ほんの少しだけ強く。
俺は微笑んで、零れそうになった涙を隠した。
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