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「川野ってさ……なんか最近、女っぽくなったと思わない?」



午後の授業をサボって忍びこんだ屋上で、ふと悪友の一人が呟いた。

うとうとしていた目を開けば、突き抜けるような青空。
横を見ると、もう一人の友人と揃って二人が、俺に視線を向けている。

彼が話題に上げた川野奈菜について、
俺からなにかしらコメントがあると思ってのことだろう。


むくりと起き上がって地上に目を向ける。
グラウンドでは二組と四組の女子生徒が体育の授業中で、
楽しげな笑い声が、風に乗ってここまで微かに届いていた。


その中に、俺の幼馴染みがいる。
彼女は人懐こそうな笑顔で同級生とはしゃいでいる。

幼いころの面影をいまだ残した、童顔の彼女。

子どものころの奈菜は、ミルクの匂いがする子猫みたいだった。
小さくて、愛くるしくて、踊るようにちょこちょこと跳ねまわって。
それが高校生にもなればそれなりに大きく育つものだなと、
何となく、親心にも似た気持ちを抱く。



「――そうかぁ? まあ、大きくなったとは思うけど。もう子どもじゃないし」
「大きくって……お前、川野の裸、見たことあんの?」
「馬鹿。そういう意味じゃないよ」



正確に言えば、奈菜の裸を見たことはある。
けれどそれは幼稚園のころの話だ。


俺が幼いころから知っているあの奈菜は、
どうやら男子生徒にとって人気の恋愛対象らしく、
中学に入ったころから似たような話題をよく耳にするようになった。


まず、奈菜と付き合っているのかを尋ねられる。
ただの幼馴染みだと答えれば、次に、紹介してくれと頼まれる。
断り続けるのは面倒で、奈菜に男を紹介するなんて、もっと面倒だった。

やがて、俺に仲介を頼んでも無駄だと悟られたらしい。その手の依頼はなくなった。


遠くに見える奈菜が、風で乱れた髪を耳にかける。



「近くにいすぎたらわからないもんなのかな。噂にもなってるんだけど、知らない?」
「なに? 噂って」
「いや、だから。最近、川野が色っぽくなったって」



もう十五年近く見続けてきた人間の変化なんて、案外、
分かるようで分からないものだ。

それに中学に入り思春期を迎えたころから、お互いそれ相応の距離を作るようになった。
何でも気兼ねなく話しをするけれど、
おおっぴらに遊ぶことも二人きりで過ごすことも、確実に減っていた。


ぼんやり奈菜の姿を眺めていると、友人は知った風な口を聞いた。



「やっぱ男を知ると女は変わるのかねぇ」



一拍ほど、奇妙な間ができる。



「……男?」
「あれ、何だよ和也。それも知らなかったの?
 二年の野田って奴と川野が付き合ってて、最近ヤったんだってさ」



前触れもなく、胃のあたりがざわついた。
胸が抉られるような、吐き気に似た不快感。



「ふーん……」
「俺も先輩から聞いただけだけど……でもその野田ってやつ、
 舞い上がって周りに話しまくってるらしいから、信ぴょう性はあるよ。
 あ、そういえばこの間――……」



友人の話はいつの間にか、部活の愚痴にすり替わっていた。
けれど俺の耳からは、その噂がこびりついて離れない。


見おろした先に、奈菜の姿。


彼女に、誰とも知れない男の手が絡みつく。そんな、見たくもない幻覚が見えた。

俺はこの時、視界が歪んでしまうほどの怒りを――はっきりとした嫉妬を感じていた。



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