大人になったら

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私には秘密がある。

誰にも知られたくなくて、すごく後悔してて、
どこかに隠れてもう一生出てきたくないくらい、恥ずかしい秘密が。







子どものころ、私は早熟な、いわゆるマセた子どもだった。

私には当時、まーくんという仲のいい友だちがいた。
同じ保育園に通っていた彼とは家も近く、親が帰宅するまで私たちはよく一緒に遊んでいた。


まーくんの家は共働きの二世帯住宅だった。
当時はなんのことかよくわからなかったけれど、
いつも一人で留守番をしているまーくんのところに、私はしょっちゅう遊びに行っていた。


二人のお気に入りの遊びは、"ごっこ遊び"だった。


おままごとをしたり、正義のヒーローとヒロインごっこをしたり。
中でも一番お気に入りだったのは、お姫様ごっこだった。

最初はただテレビのマネをしていた。
綺麗な女の人が悪人に捕まり、
格好よくて強い男の人が助けに行くという、ありきたりな設定。

初めてお姫様ごっこをした時は、
私がお姫様で、まーくんは捕まったお姫様を助けに来る、王子様だった。

けれどやがて――。







「あやねちゃん、お姫さまはだれに捕まったの?」



まーくんの言葉に、私はすごく戸惑ったのを覚えている。
いま思えばまーくんは賢い子で、よくそうやって疑問や質問をぶつけられることがあった。



「えっ? んーと……悪いひとたち、じゃないかなぁ?」



それに対して私は、適当な答えを返す。



「ふーん……。悪いひとたちに捕まるところはマネしなくていい?」
「あ、そっかぁ。じゃあ一番さいしょからやりなおそっか」
「それにさ、お姫さまはどうして捕まったのかな?」
「え? うーん……どしてかなぁ? やっぱり悪いことしちゃったからかなぁ?」
「あ、そうかも。じゃないと捕まったりしないもんね」



悪いことをしていなくても、捕まるときは捕まる。
そんな発想はこのころにはない。

いまなら、悪い人間は悪いからこそ人を捕まえると言うだろうけれど、そこはお互いに子供だ。



「うん、きっとそうだよ! お姫さまはなにか、悪いことしちゃったんだ」
「じゃあ、あやねちゃんはちょっと悪いことしちゃったお姫さまね。
 最初はぼく、悪いひとやって、そのあと王子さまもするよ」
「わかった。じゃあ、よーい、始め!」



そうやってその遊びは始まった。



「こんにちはあやね姫。あやね姫はいい子ですか? それとも悪い子ですか?」



まーくんの設定ではどうやら、悪人が私を訪ね、そして捕まえていくというものらしい。



「はい、あやねはいい子です」



子どもの私は正々堂々と答える。



「じゃあ、きらいな食べ物も残さず食べますかー?」
「え、きらいなの? えっと……」
「ピーマンもちゃんと食べてますか?」



まーくんは、くすくすと笑った。
いつも給食の時に、私がピーマンを残しているのをわかって言っている。



「う……食べられません」
「残しちゃうの?」
「時々のこしちゃいます。……だって苦いんだもん」



そこでまーくんは、にんまりと笑う。



「じゃあ、あやね姫は悪いお姫さまですね。悪い子は捕まえます」
「えー、やだー」



私はバタバタと足を揺らして拒否する。
もちろん、あくまでマネだ。



「ヤダじゃありません! 悪い子にはおしおきよってママも言うんだよ」
「うぅ……わかりました。あやね言うこと聞きます」
「じゃあ、あやね姫は捕まえちゃうね。えっと――あ、これでいっか」
「きゃー、捕まっちゃったぁ」



差し出した私の両手に、まーくんはペン立てから見つけた小さな輪ゴムを通して、
テレビで観たような手錠の代わりにする。
二回くるくると巻かれ、手首がきつく締めつけられた。



「あ、ちょっと待ってあやねちゃん。捕まっちゃったお姫さまって、その後どうなるの?」
「え? どうって?」



疑問を挟まれて、私は首を傾げる。



「すぐに王子さまが助けにくるのかな?」
「うーん。わかんない。待ってるあいだって、お姫さま、なにしてるんだろ?」
「悪いお姫さまだから、おしおきされてるんじゃない?」
「あーそうかも。きっとそうだねぇ」
「じゃあ、王子様が来るところまで、続きね」
「はーい」



納得したらしいまーくんは、ふと腕組みをして大袈裟に胸をそらす。



「ふふふー……悪い子のあやね姫にはどんなおしおきをするかな?」



あ、これ、この間テレビで見た悪役の台詞だ。
私は嘘臭く悪人ぶるまーくんの口調に、つい吹き出しそうになる。



「あやね、いい子になります。だから許してくださいー」
「だめ。それじゃ捕まえたいみないじゃん! んとね、じゃああやね姫は動いちゃダメな刑にします!」
「ええー?」
「ほら、動かない!」



私は笑いを堪えながら、輪ゴムでくくられた腕を膝の上にちょんと乗せる。
正座をしたまま動かないよう背筋をただし、まーくんを見上げた。

けれど、無理に険しい表情を作っているその顔がおかしくて、私は我慢できずに笑い声を上げる。



「ぷっ……あはははは! まーくん、その顔おかしいよ!」
「あー動いた!」



ルール違反をした私を、まーくんは嬉しげに指差した。



「えっ、ずるーい! だってまーくんがおかしい顔するから!」
「あやね姫にはバツとして、くすぐりの刑」
「えっ、あ、やだ! あはははは!! やだっ、くすぐったいよ! きゃははは!」
「こしょこしょこしょー」
「やっ、くるしい!! やめてやめてー!!」



転げまわって逃げ惑っているうちに、私のスカートは大きく捲れた。
白いパンツが丸見えになっていることに、二人同時に気がつく。



「あー、あやねちゃんぱんつ見えてるよ」
「やだ! みないでよ!」



慌てて裾を直し、私は唇を尖らせた。
一方のまーくんも、不服げな顔をする。



「えー? あやねちゃんが暴れるから見えたんでしょ?」
「わたし悪くないもん」
「ぼくだって悪くないよ」



少し、険悪な空気になる。
どちらも譲らずにいる中で、ちら、と彼の目がスカートの裾に動いた。



「……みたい?」
「え……? なにを?」
「ぱんつ」
「……あやねちゃんえっちだよ」
「ふーん、じゃあいいや、みたくないならみないでね!」



私は負けず嫌いで、その時もただ、まーくんをからかって遊んでやろうと思った。
ただ、それだけだった。

一言、宣言するように言って立ち上がると、
私は彼の目の前でスカートの裾に指を伸ばす。

輪ゴムで留められたままの手で裾を持ち上げていく。

まーくんは顔を逸らしたまま、どうしていいかわからないといった様子だ。

困らせていることになんだか、勝負に勝ったような気持ちにさせられて、
私は調子に乗るとそのまま胸元まで裾を捲らせた。

かたくなにそっぽを向いていた彼が、誘惑に負けたように一瞬だけこちらを見た。



「あー! いま、みたでしょ! まーくんの方がえっちじゃん!」
「み、みてないよ!」
「みたよ。明日みんなに言っちゃおっかなぁー」
「だめだよ、そんなことしちゃ!」
「じゃあまーくんの方がえっち?」
「えっ、それはー……」
「だってみたじゃん」
「……あやねちゃんのいじわる……」



よほど後ろ暗いのか、まーくんは泣きそうな顔をしながら私の非は指摘しない。
自分からやったじゃないかと言えば、それで済むのに。



「そんなこというなら、もうお姫さまごっこしない」
「えっ、やだ。だったら言わない」



私にとって、まーくんとのごっこ遊びは一番のお気に入りだった。
だからそれがなくなるのは嫌だ。



「ほんとに? ほんとに言わない?」
「ほんとほんと。約束する」
「じゃあ、指きりしよう?」



まーくんは小指を差し出す。
私はそこに自分の小指を絡め、お決まりのポーズをとった。



「指きりげんまん嘘ついたらハリ千本のーます、指きった!」



仲直りは簡単だった。
このときのことは、二人の胸の内に仕舞われた。



そしてまーくんが遠くへと引っ越すことが決まったのは、そのあとしばらく経ってからだった――。







子どものうちは、それを特別なことだとは思っていなかった。
卑猥なことだとも、なんとも思わずにいた。

けれどやがて、あの行為はしてはいけなかったことなのではと思うようになった。
そして、そんなことをした自分に嫌悪感を抱いた。

男の子の前で自分からスカートをめくるなんて、いまとなっては信じられない。
あまりに大胆で、恥じらいがなさすぎる。

ふと思い出しただけで、身を縮めたくなるような恥ずかしさを感じる。


あれからもう十数年が経った。


最近まで付き合ってた彼氏と初めてエッチをして、
私はあのときの出来事が余計に"まずい"ことだったと改めて思い知る。


いまではもう、引っ越して行った「まーくん」の名字も、その正しい名前すら覚えてはいない。

彼がいまどこで何をしているかは知らないけれど、
どうか、あのことは忘れていて欲しい。

私だって忘れたい。

そう、強く思わずにはいられなかった。







なのに――。







進級と同時にやってきた転校生は、放課後の教室ですれ違いざま、私に言った。



「久しぶり、絢音姫」



他の誰にも聞こえないほど小さな声が、耳にこびりついて離れない。

驚きのあまりその背中に釘づけになっている私に振り返ると、
彼――桐山政崇は、整った顔にどこか裏がありそうな笑みを浮かべた。







それから一週間。
私はそわそわと落ち着きなく、不安な毎日を過ごしている。



桐山政崇はあっという間にクラスに溶け込み、
すでに数人の男友達まで出来ているようだった。

しかもその容姿はクラスの女子生徒の気持ちを浮つかせているようで、
一日のうち一度は、同級生との会話の中に、その名前が登場した。

だけど私にはそれが、なおさら不安を駆り立てる材料になっている。

もし彼が、あのことを覚えていたら。
そして誰かに話しでもしたら。

そう思うと、不安でしかたがない。
子どものころの出来事とはいえ、恥ずかしくて堪らなかった。

その一方で、楽観視する気持ちもあった。

この一週間、彼は私に何も言わない。
もしかしたらあの日のことは忘れられているのではないだろうか。
私だけが後ろ暗さから、穿った捉え方をしているのかも知れない。


けれどいずれにしても、私からは動けない。
ただ息を潜めて様子をうかがうことしかできずにいた。


ところがそんなこう着状態は、携帯電話に届いた一通のメールで破られる。
画面に表示されていた送信者のメールアドレスには見覚えがない。
それでも私にはすぐさま送り主がわかった。

文面を目にした私は、心拍数を上げる。
緊張でこわばる指先は、ほんのり冷たい。



『秘密の話をしよう。明日うちにきて。家は昔と同じとこ』



そしてその短い文の最後にはわざわざ、



『まーくんこと桐山政崇』



と書かれていた。







昔と同じと言われ、駅までの通学路とは逆の方向にある彼の家を、記憶を頼りに探し出した。

普段全く通らない地区だけに、昔とはずいぶん様変わりしたように思う。
だけど彼の家は特に変わった様子もなくそのままそこに建っていた。

改めて考えてみれば、彼の家は二世帯住宅だったのだから祖父母が住み続けていたのかもしれない。
子供のころは全然分からなかったけど、もしかしたら父親の転勤とか、そういう理由だったのかもと思った。


「桐山」と書かれた表札を確認してから、一度深呼吸をして、震えそうになる指先でそぅっとチャイムを鳴らす。


ぴんぽーん、と、今の心境には全くそぐわない呑気な音を響かせて、
チャイムは家の中にいるだろう彼に私の訪問を知らせてくれた。


がちゃ、と開けられたドアの向こうには、まだ学校でしか見た事のない高校生になった"まーくん"の姿。
頭一つ分高い背のせいで見下ろされるような格好になるのが余計にプレッシャーを感じてしまう。



「あ……の……」



そういえば、何をしにきたと言えばいいんだろう。
そう思って私は口ごもってしまった。



「いらっしゃい、来てくれて嬉しいよ。あがって」



すると彼は爽やかな笑顔を浮かべて私を招き入れてくれた。
がちがちに緊張していた私は拍子抜けしてぽかんとしてしまう。



「どうかした?」



ん?と不思議そうに私の顔を覗き込んでくる彼の表情は、いたって普通の状態に見えた。



「え、あ、ううん、なんでもないよ」



精一杯取り繕いながら、私は心の隅で考える。
もしかしたら、全然心配するようなこと無かったのかもしれない。
彼は実は何も覚えていないのかもしれない。
そう少し楽観的に思ってもいいのではないか、と。

そう考えながら私は、品のいい装飾品の置かれた玄関で遠慮がちにブーツを脱いだ。



「お邪魔します」
「うん、あがって。おふくろにさぁ、"あやねちゃん"が来るって言ったらいっぱい菓子買って来たんだよ」
「そうなんだ」



くすくす可笑しそうに笑いながら話す彼の声や喋り方に、私までついつられて笑ってしまう。


招き入れられたリビングには彼の言うとおりたくさんのお茶菓子が用意され、
彼の手で注がれた紅茶はほわほわと優しげな湯気を立てている。



「それにしても懐かしい。顔、すごく面影あるよ」
「そうかな?」
「ぱっと見てすぐ分かったからね。あー、"あやねちゃん"だって。
まあ、名前も覚えてたのが大きいけど」
「そ、そう」



彼の中では私はそんなに記憶に残っているのだろうか。
それは嬉しいというよりも不安な気持ちを増加させる。



「あの頃、絢音ちゃんと一番よく遊んでたんじゃないかな」
「そうなの?」
「よく砂場で遊んだり泥団子作ったりしたよなー」
「あー、したした。すっごく堅い泥団子の作り方とかあったよね」



懐かしそうに目を細める彼に、思わず私も微笑み返す。
砂場遊び、泥団子、かくれんぼに鬼ごっこ、まるで遊ぶことが仕事のように
毎日一日中遊ぶことばかりだったあの頃。

本当に懐かしいなと思っていると、彼の口からあの言葉が出てきた。



「そういえばお姫様ごっことかもしてたよね」
「えっ、あ…………うん……」



変わらない微笑みを浮かべる彼の様子をちらちらと窺いながら私は曖昧な相槌を返す。



「絢音ちゃんがわがままでさ、すっごい勝手なこと言うんだよ」
「そう、だったかな……?」



自分の顔は見えないけれど、もし鏡でもあれば硬い笑顔をはり付けた私が見れるだろう。
嫌な汗をかいている手のひらでぎゅうとスカートの裾を握りしめる。



「お姫様のお馬さんがいなきゃとか言って馬役やらされたり、
白雪姫とごっちゃになって魔女役やらされたり、
挙句の果てにはもう飽きた、とか言ってやめちゃうんだよなぁー」
「えへへ……ごめんね……」
「戦隊もののマネとかしよって俺がいったら、つまんなそうだからヤダって」
「そう、だったっけ?」
「そうだよ。引っ越しするとき、ほんとは話しに行こうかって悩んだんだけどさ……」
「……」



それまでの笑顔を引っ込め、彼はしんみりとした表情になった。
あれ……もしかして、お姫様ごっこの話はもう終わった?



「子供だったし、引っ越しとかそういうのよくわかんなくて、すぐ戻ってくるもんだと思ってた」
「そうだったんだ……お父さんの転勤、とか?」
「そ。こんなに長い間離れることになるとは思ってもみなかったよ」
「でも、元気そうでよかった」



お姫様ごっこの話題が拍子抜けするほどするりと終わったのに安堵した私は、
彼の顔を今日初めてまともに見ながら笑う。

すると彼は私の顔を見ながらなんだか嬉しそうな表情をして言った。



「可愛く成長したなぁ」
「えっ……?」
「男連中の間で人気あるらしいよ」
「そー……なの?」



彼はくすくすと楽しそうに笑い、うんともいやとも答えてくれない。
からかわれたのかなと思っていると、ふと彼が尋ねてきた。



「まだわがままの負けず嫌い?」
「……そんなに昔はひどかったっけ……?」
「そういうイメージは強いねー」



よっぽどひどかったんだな私……、と過去の自分に反省する。

とはいっても今でもできれば人に負けたくはない。
だから勉強も頑張るし、誰にも文句を言われないようにしたいと思う。



「わがまま……は、たぶんそこまでじゃないと、思う。けど負けず嫌いは治ってないかな……?」
「ああ、確かにそんな感じがする」



すると私の答えに彼はそう言いながらこくこくと何度も深くうなずいた。



「えー?ひどい!」
「あはは、その拗ねた感じの顔!ほんとに面影あるよ」
「もー。からかってるでしょ」
「ごめんごめん、楽しくてさ」



そして彼は本当に楽しそうに笑った。
彼は私に面影があると言ったけれど、私からみたまーくんはすっかり男の人になってしまい、
幼い頃のあどけない表情からは想像もつかないくらいに成長してしまっている。

賢い子という記憶があったけれど、今の彼はそれよりも聡明という言葉が似合いそうだ。
色で言ったら漆黒。男の色気とまで言ったら言い過ぎで可笑しいけれど、
こうして向き合ってまじまじと見てみると周囲の女子達が騒ぐのもなんとなく理解できる。

そんな事を考えながら冷めかけた紅茶に口をつけていると、
ふと、うっすら前髪のかかる彼の切れ長の瞳と視線が合った。



「けど良かった」



そう言いながら彼も紅茶に口をつける。
私は目だけで、なにが?と視線を送った。



「最初なんだか緊張してたよね。迷惑だったかなってちょっと心配だったんだ」



それは確かに緊張していた。何を言われ何が起こるかと心から不安に思っていた。
だけどそれは杞憂に過ぎなかったんだろう。
だって彼はこんなに優しげで楽しそうなのだから。



「それは……秘密って書いてあったからてっきり……」
「ん?」



そう口に出した瞬間に後悔した。
わざわざ言う必要はないのだから。



「メールに書いてた秘密っていうのは二人でよく遊んだって意味だよ?
学校のやつらに"井上さんと昔よく遊んでた"なんて妬まれるようなこと絶対言えない」



そう言って彼は口に手の甲を当てて可笑しそうに笑う。
その言葉を聞いて私は心底ホッとした。
彼はまったく覚えていない。覚えているのは私だけなんだと。
ここまであれこれと心配して、不安に思っていたのは完全に勘違いだったのだ。



「そうだったんだ。ううん、覚えてないならいいの」
「……?」
「ごめんね、忘れて?」





すると彼は、ホッと安堵のため息をつく私の表情をじっと見つめながら、言った。





「苺柄のぱんつの事?」
「ッッ……!!!!」








ぎくんと息が一瞬止まり、うろたえた私を見て彼の眼の色が変わった。






「……そう。良かった、絢音も覚えてるんだな」






絢音……って、いま呼び捨てにされた……?
一段低くなった声、変わった口調。
ばくばくと心臓が激しく脈打っている。



「……な、んのこと?」



私はかさかさした息と一緒に、精一杯しらばっくれた言葉を口にした。



「何かされると思って緊張してた?」
「なに、言ってるか……よく……」



彼の顔が見れない。
私は机の上に置かれたお茶菓子を凝視しながらただ分からないふりをする。



「えっちな絢音姫、指切りげんまん、覚えてるよな?」
「っ……知らない」



姫、指切り……・その言葉はあの場面を思い起こさせる。
ちら、と見た彼の表情はニコッと笑っているようだけど、視界は歪んで見えた。
彼は全部覚えてるんだ。
今、私が嘘をついて隠そうとしている事さえも分かってて言ってる。



「絢音はえっちな上に嘘つきになったのか」
「……」



震える指先がどんどん冷たくなっている。
ドクドクと血の音が耳元でうるさいくらいに鳴り響いて、悲鳴をあげるみたいに
きゅうと心臓がしめつけられた。

恥ずかしさと責められるようなこの耐えがたい苦痛に、
どうすればいい、どうすれば、と思考回路は答えを探していたけれど、
ぐるぐると混乱するばかりでなにもまともに考えられていない。



「よく覚えてるよ、刺激が強すぎて。あんな小さい頃に男に自分からスカートめくって見せるなんて、ほんと淫乱だよなぁ」
「わっ……忘れてっ」



彼は、全部ちゃんと覚えてるんだ。
私が覚えてるのと同じで全部。



「無理。学校の奴らも騙されてるよ。井上は清純だ、とかって……びっくりする顔が見たいよ。明日皆に言っちゃおうか、なあ?」
「……!……誰にも言わないで……お願い」
「誰にも言われたくない?」
「……」



がちがちに固まった体を動かし、こくんと頷く。
追い込まれた思考が、とにかく確実なものから選択しようとし、
誰にも言われたくないという意思を伝える事だけしか頭に浮かばない。



「じゃあ指切りしようか」
「指切り……?」
「誰にも言わない。その代わり絢音は今日から俺の言う事をなんでも聞く」
「そんなの出来ない!」



心のどこかで予想していた通りの言葉に、私は即座に否定した。



「なんで?」
「……だって」
「時々遊んだりお菓子作ってくれたり、肩揉んだり、宿題手伝ったりが出来ない?じゃあバラすかな」
「えっ、……そんなのでいいの……?」
「なに想像したんだ?ヤラシイ」
「っ……!分かった!絶対絶対、約束だからね……?」
「ああ。絶対、絶対の約束だ」



そして冷え切った小指を差し出し、ただ一つの救いに手を伸ばすかのように彼の小指にすがった。



「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます………………指切った」



そして小指と小指が離れた瞬間、
差し出していた手が彼に思い切り掴まれた。



「いやらしくて悪い絢音姫、捕まえた」
「きゃっ!!」
「お前、面白いな」



ガタンと椅子から立ち上がった彼の体が座っている私の目の前に迫る。
掴まれた手はふりほどこうにもふりほどけず、
ただ迫りくる彼の顔を見上げる事しかできなかった。



「はっ、離して!」
「逆に計算なのかと思うくらい、あっさりひっかかるんだな」
「なに……?なに……!?」
「じゃあ最初の命令」
「め、命令……?」
「とりあえずここじゃ落ち着かないから、俺の部屋に行こうか」



さっきから一時も落ち着かない心臓がまた一つドクンと大きく脈打った。



「い、いや……」
「なんで?」
「……」
「想像力がたくましいな。さすがエロ絢音」
「っ……」



図星だという事も、見抜かれているという事も、
私がいやらしいんだと言われる事も、
何もかもが恥ずかしさと立場の危うさを痛感させ、私は黙りこくってしまう。



「いいか、一回しか言わない」



すると彼は私の顎を掴み、ぐい、と自分の方に向けさせ言った。



「さっき約束したよな?言う事を聞けないなら俺は本当に男連中に言う。
いっそ誇張してパンツの中まで見せられたって言おうか。
絢音。大勢に秘密を知られるのと、俺にだけ知られてるのと、どっちがいい?」



「…………みんなに知られるのは、いや……」



かくかくと膝頭が震えている。
分かってる、もともとは自分があんなことしちゃったから。



「じゃあ選べ。言う事を聞くか、聞かないか。どうする?」
「…………き、……聞……く……」



妖しい空気に胸がざわつく。
長い逡巡の後に出てきた答えは、もう、自分に言い聞かせるような諦めの言葉だった。
だってあれは、子供だったとは言え私が自らの意志でしたことなのだから。
どう言い繕うこともできない、事実なのだから。



私のその答えに、彼は掴んだ私の腕をぐいっと引っ張り上げ歩き始めた。
よろけながらも立ち上がった私は、よたよたと彼の後をついて歩く。


家の一番奥の部屋のドアをくぐると、彼は後ろ手にそのドアの鍵をがちゃりと閉めた。
カーテンの閉められた部屋の中は真昼間だというのに薄暗く、
まるで鳥籠に入れられてしまったかのような強烈な不安にぞくりと背筋が震える。



「っ!」



ぴりぴりと緊張していた背後に人の気配を感じたと同時に、
大きな腕が背中から私を抱きしめていた。



「分かってるよな。これからどうなるか」
「……」
「ん?」
「ぁっ……」



ぎゅっときつく締めつけられた拍子に腰のあたりに硬い熱が触れた。
これからどうなるか。
男と女が閉じられた一つの部屋にいて、こうして二人の距離がなくなった後にすること。



「ベッドに座れ」
「……」
「絢音、返事は」
「………………は……い」
「ごっこの続きだな」



彼が言おうとしている事が私にはよく分かった。
自分は囚われてしまった、そう、悪い事をしたから。
よろけそうになる自らの足でベッドの脇に歩いて行き、ぽすん……と腰をおろした。

じっとつま先を見つめる以外に視線を定める事が出来ず、私は彼に小さく尋ねた。



「……本当に、……誰にも言わない……?」
「ああ。それは約束しただろ」
「本当に、本当に、誰にも言わないで。なんでも言うこと聞く……けど、
 桐山くんも、気がすんだらもう……忘れて」
「……」



私の問いには意外なほどはっきりとそう答えてくれたのに、
忘れて欲しいという願いに応えはなかった。



「自業自得……だから。でもできれば、今日だけで……許して」
「……それは絢音次第だな」
「…………う……ん」



私次第。でもいったい何をすれば気がすんでくれるのか見当もつかず、
ただ俯き湧き出しそうな涙を堪えていると、彼は机の引き出しを開けた。



「手、出せ」
「手……?」
「そう。両手を前に」



私は言われるままに両手を彼の前に差し出す。
すると彼の大きな手が私の両方の手首をつかみ、そこに何かプラスチックの細い棒をあてがった。



「な、に……?」
「100均で買った結束バンド」



私の聞きたい事とは違う答えだったが、私はひどく動揺した。
何をされるのかを知りたかったのに、それが何なのかを教えられ、
そしてその名前から自分の想像が答えを導き出す。



「ほら、電源コード束ねたりするやつ」



そう言いながら、彼の手でそのプラスチックの細い棒がくるりと一周、手首に巻きつけられた。



「っ……!やっ、だ!」



咄嗟に腕を振りほどこうとしたけど、彼の大きな手が私の手首をぎりぎりと掴み、少しも隙間を作り出せない。



「いいんだっけ、そういう反抗的な態度とって」



そう言って、彼は力でも心でも私の動きを封じ込める。
チキチキチキ……と小さく絶望的な音を立ててバンドの輪が小さく締められていく。
彼の手が私の腕から離れた時にはもう、その輪はぴったりと私の皮膚に触れていた。



「……ぁ……」
「捕まえた」



あの時の光景が再現されているのだと、ぼんやりと思った。



「絢音。俺の服、脱がせろ」
「……」
「脱がされる方が好きか」



のろのろと私はくくりつけられた二つの手で、彼のTシャツの裾に手をかける。
ベッドから立ち上がって背の高い彼の頭からシャツを抜き取ると、
半裸の姿が目に入り、私はふいと視線をそらした。



「顔、赤いぞ」



からかうようにそう言う彼の言葉にも何も言えない。
まさにその通りなのだろう。目のやり場に困り、顔が熱い。



「ジーパンも」
「……」
「絢音」
「……」



低く響く声が叱るように私の名前を呼んだ。
どくんどくんと大きな音を響かせる心臓がうるさい。
できるだけ見ないようにしながら私は彼のジーンズのボタンを外し、そのまま下におろそうとする。



「っ……」
「脱がしにくい?」



大きく張りつめたソコが、ジーンズを下から押し上げていてうまく脱がせられない。
肌に触る事も躊躇われ、私は布地を軽くひっぱりなんとか下ろそうとする。



「下手だな」



くすくすと軽く笑い声をあげながら、彼は自分の手でジーンズを脱ぎ去った。
私は無意識に、トランクスの膨らんだソコに視線をちらりと向けてしまう。



「絢音のえっち」



そしてそんな事を言いながら彼の手が、私の薄手のセーターの裾に伸びてきた。



「やっ……!」
「絢音姫、動いちゃダメだろ。動いたら罰だ」



そう言い抵抗する私の事には一切構わず、ぐいっと裾を持ち上げた。



「っ……!」



そしてブラジャーをした胸が丸見えになるまでたくしあげられる。



「いやぁぁ……」
「動くなよ」
「……っく、……っく……」



堪え切れなくなった涙が、ぽろぽろと頬を伝って流れおちる。
だけど囚われた心はこれ以上の失敗を避けるように、誠実なまでにその言葉に従っていた。
何かしてしまえば、恐らく新たに脅しの材料になってしまうのだろう。
下手に動いてしまえば、そのまま私の身に返ってくるに違いなかった。


涙を流しながら俯き、それでも身動きをしなくなった私を彼はそのままベッドに押し倒した。



「やっ……あ……っ」
「スカート捲れ」
「…………」



私は小さな子供のように、ひっくひっくとしゃくりあげてしまいそうになりながら、
自らの手でスカートの裾をそろそろと捲り始めた。


ベッドに沈む自分の身体が、まるで自分のものではないように感じる。
その私の足元に座り私を見下ろしている彼の視線が、
スカートの中を見ているのが痛いほど分かった。

また、見せてる。
もう女なのに、また、男に自らこうしていやらしい事をしている。
その事実が頭の中をますます深く混乱させていく。

精一杯の勇気を出してめくり上げたスカートだったけど、それでも腿から数センチしか浮かせられていない。



「それじゃ見えねーだろ」
「も……はずかし……っ」
「もっと」



私はぐっと瞼を強く閉じ、顔をできるだけ布団に沈め込みながらそうっと腕を上げていった。
すーすーと通りの良くなったスカートの中が、私の羞恥心をひどく掻き立てる。
間違いなくもう見えているはずなのに、彼は一言も何も言わない。
絶対に見られている所を見たくないと思っていたのに、何も言われないと気になってしまうのはどうしてだろう。



「も……う、いい……?」
「そのまま動くなよ?」
「は、ずかしい…………よ」
「平気だろ?絢音は見せたがりなんだから」
「それはちがっ……!」



ピロリローン


と、私の言葉は軽快な電子音にさえぎられた。



「えっ……!?」



がばっとスカートの裾を戻し頭を持ち上げ視線を向けると、
彼の手に持たれた携帯のカメラがこちらを向いていた。



「記念撮影、あと念のため」
「や、やだっ!!なんで……?ひどいっ!!」
「よく撮れてる。ほら」



そう言って見せられた画面には、ベッドに横たわり自らスカートをまくってみせる私の姿があった。
まくり上げられたセーターから覗く白い肌に、ブラジャーに包まれた胸。
しかも拘束された手首はちょうど、スカートの裾に隠れて見えない。
せめてもの抵抗にと横を向いている様子も、こうやってみると羞恥に堪えているように見えた。



「なんで……そこまでするの……?ひどい、よ……」
「ああ。俺、手段とか選ばないタチなんだ」



そういって彼は二コリと笑った。
ぞくりと恐怖を感じたけれど、それ以上にあまりの理不尽さに声が震えた。



「……っ消して!……っく……ぐず……ひどい……」
「…………・ひどいのはそっち。一個昔の約束忘れてるし」
「……なに……?……約束……?」
「まあいいけど」



ぐずぐずになった鼻をすすりながら尋ねたけれど、彼は答えてくれなかった。
決定的な弱みを握られてしまった私は、ただ、彼を睨みつける事しかできない。



「それより、絢音。動いたな」
「っ……」
「罰だ」
「えっ……っ!なに、それ……いや、いやっ!」



カタンと引き出しをあけ彼が手に取ったものをみて私は半ば悲鳴を上げた。
ウズラ卵のような小さなボールをぶら下げた小さな機械。
初めて見るのにも関わらず、卑猥な行為に使われると知っているもの。

そして彼の腕が私の身体をひっくり返し、私はうつ伏せの状態にさせられた。
拘束された両手が自分の体の下敷きになり身動きが取れない。
顔は枕に押し付けられ、かろうじて横を向くことはできても彼の様子は見えなかった。



「やだ、やだっ……!」
「バラされたくないなら、大人しく腰上げろ」
「っく、っ、ぐすっ、……っ……」



ぐずりながらも、私はそれに従うしか選択肢がなかった。
ごく控えめな動きでゆっくりと腰を持ち上げると、彼の手が腰のくびれを掴み、
ぐいっと思い切り持ち上げる。



「っひゃ、や……っっ!あ!」



彼の手が、ブブブブと耳障りな音を立てるローターと共にスカートの中に忍び込んできた。
そして、ショーツの上から軽くそれをあてがわれると、それだけでびくりと体がはねそうだった。



「絢音が声出さなかったら止める。…………とかにする?」
「っ……」



とても無理そうなその案に私は何も言えずただ黙るしかできない。



「まあ無理か」
「っあ!やだ、っっ!」



初めて体験するその感覚にざわっと鳥肌が立ち、
不安の中に潜む性的な匂いに神経が支配されてしまいそうだった。
ショーツの布地をかするくらいにしか触れていないはずなのに、ちりちりと刺激されるその感覚が、
強制的に身体のスイッチを性的な方へと向けてしまう。



「っく……ん……!ぁ……っっ……!っあう!!!!」



軽く這わされるようにしていたその振動が、ぎゅうっと芽の上で押し付けられ、
強すぎる刺激に私は悲鳴をあげ、かくんと膝を折って倒れ込んだ。



「言う事の聞けない奴だな」
「っ……っだって、それ……は」
「ローター?そんなにイイ?」
「…………」
「ふーん」
「ちょっ!あ、だめ……だめだめっ!!!いやああっ」



彼の手がずぼりとショーツの中に突っ込まれ人のぬくもりのない冷たい感触がぴたりと
秘芯に触れたと思った瞬間にはもう、最大限に上げられた震動が容赦なく私を責め立てた。
悶えて動こうとする私の身体は、彼のもう片方の腕が抱きとめていてただその責めを受けるしかない。



「やっ、あああっ!!あ、だめぇっ、だめ、へんに……っ!あっあぅ……!!」



自分の気持ちを一切無視して、自分の体がどんどんと絶頂に向けて勝手に走り出している事に絶望した。
いやだと確かに思っているのに、びくびくと跳ねる下半身が、与えられる刺激をそのまま快感として吸収している。
無理やりなのにイきそうになっている。
その事実に、まるで自分に裏切られたような気持ちを感じた。



「こんな玩具でそこまで気持ちいいなんて」
「っ、あっ、あっ!だっ、めぇ、押し付けな……いでっ……!」



モーター音を響かせる小さな機械に弄ばれている事がひどく卑猥に感じ、
その実感がまた、妖しい感覚となって全身をぞくりと粟立たせた。

花芽の上を這っていたローターは時折膣口の方にまで差し向けられ、
ゆるゆるとクレヴァス全体に刺激を与えてくる。
気がつけばかたかた震える脚からも、枕に押し付けている体からも、くたっと力が抜けていた。



「淫乱」
「っ……それはっ……桐山くんがっ……!あっ!ぁ、っ……ん……っ!」



ぽそっと呟かれた言葉の理由が分かり、私は顔を真っ赤にした。
虫の羽音のようなローターの音にまぎれて、くちゅくちゅと粘着質な音が聞こえてきたのだから。
だけど、本当に淫乱じゃない人だったら……無理矢理されてこうはならないんじゃないだろうか。



「クリトリスの方が反応いいな」
「えっ……あっ!!そこっ、あっ!だめぇぇ!!」
「気持ち良さそうだな、ほんとに」
「ちがっ、!あっ!う、動かさないでっ!!」
「要するに押しつけて動かすと、イっちゃいそうってこと?」
「っく、あっ、っあ!ふあああっ!」
「好きなだけ気持ちよくなれよ」



そういうと彼は、こりこりとしこりを増した陰核に振動を続けるローターを押し付けると、
そのままぐにぐにと動かし始めた。



「ひあああんっ!だめぇ、やめっ、やめて、やめてっ!あっ、あああっ!!」



だけどその言葉は聞き入れてもらえず、それどころかその動きをより激しいものに変えられた。



「やだぁぁああっ、うごかさっ……ないでぇっ……!あっ、ああっ……!おかしく……なっちゃうよぉっ……!!」



目の前に絶頂が迫っているのがよく分かる。
ぶわわと膨れ上がった快感の塊が、あとちょっとで破裂する。



「あっああぅ……!いっちゃ……あっ、だめぇっ……!!!!っっ!?あっ、ふあっ……!」
「おあずけ」



しゅうっと音を立てるように膨れ上がった波がその動きを止めた。
花芯に触れていたローターはそこから外され、ひくひくと物欲しげに身体が震える。



「あふ、あ……ぁ……」
「あーあ、ぐっちゃぐっちゃ」
「ぁああぅ……!」



イきそびれた体が、過剰なまでに敏感になっている。
脱がされないままショーツの中をいじられていたせいで、湿り気を大量に吸い込んだ布地が
重くクレヴァスにはりついていた。
彼の指がそこをなぞり、私にそのことを伝えてきたのだ。

顔を精一杯後ろに向け視線を送ると、彼はふ、と笑い、そしてまた振動するローターを
ショーツの中に入れてきた。



「っふあ……!あっ……だっ……だめええ……!」
「ひくひくしてる」
「ああっ、んあ……!かんじ……ちゃうよぉっ……!っひあ!」
「ほら、絢音の好きなクリトリス」
「すっ、すきじゃ……!!あっ!ン!あぁっ……!!」



そういって再び責められ始めた秘部はすでに、大きすぎる種火を持っているように、
あっという間に快感を大きくふくらませてしまう。



「やだぁああっ、!あ、ぅ……!いっちゃう、あああっ!っっ!あ、ふあぁぁあっ…………」
「おあずけ」



理性がとっくに溶けてどこかに行ってしまった事を、この時私はようやく知った。
アソコの奥が切なく疼き、手に入らなかった快感を欲しいとねだってる。
それを見透かすかのように、彼はくすりと笑い、そして緩く振動するローターを、
私の膣にずぶりと埋め込んだ。



「っ!!!!あ、あっ」
「これじゃあイけないだろ」



ドロドロに溶けた膣壁がかすかに振動を感じさせるけれど、
それは燻ぶる快感をそのままの温度に留めるだけでそれ以上にしてくれることはない。
あまりのもどかしさに膝を擦り合わせ、少しでも強く振動を感じられるようにと無意識に動いた身体を、
彼が見逃すはずがなかった。



「イきたいなら言えよ、いくらでもイかせてやる」
「ちが……う……。っ……」
「まあ、こっちはこっちで好きにさせてもらうけど」
「え……ンっ……!!」



ぐいっと再び体が反転させられたと思ったら、そのまま全身を抱きしめられ唇を塞がれた。
彼の身体を引き離そうとしようにも拘束された腕ごと抱きしめられそれは叶わない。



「ンンっ!ぷはっ……!やっだ、んっ……!」



差し込まれた舌が口内をうねうねと蹂躙していく。
ひっこめていた舌も見つけられ呻き声ごと食べられてしまうようだった。
そして彼の手が、二人の身体の隙間を縫って私の胸にあてがわれる。



「んっ!!あ……!」



彼が何も言わないせいで、自分の喘ぎ声ばかり耳に入ってくる。
胎内で理不尽なまでに震え続けるローターがじりじりと快感をあぶりだし、
ブラジャーの下から入れられた指先が乳首を探し当てた時にはもうそこは少し勃起してしまっていた。



「もう勃ってる。ずいぶん気に入ったみたいだな、ローター」
「ちが……う!ちがう……ぁ……あっ、ん!っふあっ」



そして片手でくりくりと乳首を弄ばれながら、もう片方の手が徐々に下半身に伸ばされていく。
水気を吸ってしまったショーツが、するすると脱がされているのが分かったけれど、
霞がかった頭の中はそれに抵抗するだけのエネルギーを残していなかった。



「や、やだ……やめ……っあ、ふ……あ、あああ」
「イきたい……?」
「……」



私はその問いにふるふると首を振る事しかできなかった。
もし。
もし、ここが自分の部屋で、自分一人でいたのなら。
間違いなく私は自らの手で自慰をしてしまうと思う。
それほどまでに高まっている快感を、彼に伝えるなどできるわけがない。

くしゃっと丸まったショーツが、ハイソックスを履いたままの足首に無残にとどまっている。
それが目に入ったとき、改めて、ああ……犯されてるんだと自覚し、
それでもこうして快感を作り出している自分に気がついた。



「強情」
「……」



身の内で燻ぶる熱にきゅっと唇をかみしめていると、彼はそう呟いた。



「じゃあ嫌ってほどイかせるか。一応これ、罰だし」
「っっ!!はぅっ!」



そしてそう宣言すると彼は片方の乳首を口に含み、下半身に伸ばした手でクリトリスを押し潰した。



「あっ、はぁんっ……!」



舌で転がされる乳首がじんじんする。
内側から振動するローターがひどく卑猥な事をされている現実を突きつけてくる。
動かせない手首が倒錯した行為のまま犯されてるんだって教えて、
クリトリスからの強すぎる快感が電流みたいに全身を支配していた。



「だめぇ……!もう、やめてっ……!やめ……あっ、あっ……!」
「ダメ」
「ふあぁあっ……!!!あぁぁ……いっちゃう……!あ、やめてぇ!いや、いやっ……!あっ、あぁぁぁあああああああ!!!」



そして私は、彼の手で強制的にイかされてしまった。
びくんびくんと絶頂を知らせる痙攣に全身を震わせ、
荒い息をつきながら、嫌だと言いながら、それでもイってしまった。



「ふあ……あ、あぁぁ……」
「まだだ」
「えっ……?えっ……!?なに……?っっ!あっ!!!」



荒い息を治めるように吐息をついた私に彼はそう冷酷な一言を告げると、
そのまま何事もなかったかのように再びクリトリスに指を這わせ始めた。



「やっ、だ!いま……いったっ……のに……!」
「それで止めるって、俺、言ったっけ?」
「ふああああっ!!ひ、ひどい……っあ!だめ、だめぇぇえ……!そこっ……はぁ……っ!あああああああっ!!!



敏感になった身体が、呆気ないほどあっさりと次の絶頂を導き、
私はなすすべなくそのまま押し上げられてしまう。

ぐちぐちと転がされるクリトリスが、痛いほどに勃起して簡単に彼の指に捕まってしまう。
摘むように指でこすられると、無意識にびくんと体が跳ねた。
連続して絶頂を迎えぐったりと弛緩した身体を横たえていると、
彼の手が再びクレヴァスに伸ばされ、そして胎内に埋められていたローターを引きずり出した。



「ぅあ……っ、あ……!」
「熟して美味そう」



そしてしどけなく開かれた私の脚の間に腰を割り入れると、
トランクスを脱ぎ、いきり立ったペニスを膣口にあてた。



「大丈夫、ゴムはつけた。長く楽しみたいからな……色んな意味で」
「っ……あ……く……っ!ン……!」
「すげー熱い、お前の中」



ぐずずずと音を立てるように侵入してくるペニスが、二度の絶頂で充血しきった膣を拡げていく。



「あっ……!!!」
「……全部入ったな」



彼の言葉通り、ごつ、と最奥を押し上げられる感覚に私は声を上げていた。
息苦しさにも似ているのに、どうして快感として受けとめてしまうのだろう。
それが女の性だというのなら私はそれを心から恨めしいと感じてしまった。



「やっ……!あ、まだ……っ!あぅ……、う、ごかない……で……」
「なんで」
「さっきイったばっかり……っ!あっ!う」
「今はそれは聞けない。こんなイイ場所に突っ込んどいて動かさない訳にはいかないな」



そう言い彼は、容赦なくその腰を激しく打ち付け始めた。
そして先程抜いたローターを二人の結合部に持っていくと、挿入でますますしこった花芽にそれを触れさせた。



「あああんっ……!!だっ、あ、クリトリス……だめ、お願いっ……やめてぇ……!!」



私は切羽詰まった悲鳴をあげながらあられもない言葉を口にする。



「じゃあこっちもダメ。絢音がイくところ、何回でも見たい」
「やあっ……!!!あっ、あ、ああああっ、いっちゃ、いっちゃうよぉぉっ!」



下品なまでに抜き差しを繰り返される膣内から溢れてくる愛液が、
自分に与えられている快感を示しているように感じ、
無慈悲な機械がなんの躊躇いもなく私を絶頂に押し上げていった。



「っ、あ……!イくっ……イクぅ……っ!!!あ、ああああああああああ!!」
「っ……!」
「あっ、あふ、ふああ……っ、ああああああ……」
「すごい締め付け……だな」
「あぅっ……えっ……あっ、なんで……?」
「なんで……って、俺、まだイってないけど」



絶頂の波が過ぎ去って荒く息をついていると、彼の腰が再び動き始め私は慌てたような声を上げてしまう。
そしてその答えを聞いて、血の気が引くような感覚を覚えた。



「っ、あ……そんな、の……っああ!!やだやだ、もう、止めっ……!!」
「何回でも見せてもらうよ?絢音のイくところ」
「いやっ……!やめて、もう……ゆるし……っあぅ!」



すると膣からペニスが抜かれ、彼は言った。



「許して欲しいなら絢音、今度は四つん這いになって」
「っ……!や……だ、いや……、も……ゆるして」
「それ苛められたくてわざとやってんの?」
「っ、ひゃあっ!あ……ローター……もう、止めて……!」
「あれもいやこれもいや。わがままは治ってないな」



何度も絶頂を迎えた膣口はもう、溶けてしまったように愛液が溢れ、
彼のペニスがそこに触れるたびにぐちゃ、といやらしい音を立てていた。
そして私の否定の言葉を聞くと彼は再び、熱い塊を膣口に当てはめながら言った。



「あっ、あ……!はいってくるぅ……!」
「正常位のままで全部入ったら俺、みんなにバラすぞ。そもそも覚えてるのか?脅されてるって」
「あぅ……だ、だめっっ!あぁぁっ、な……る……」



枕元に置かれていた携帯をコツコツと指先で鳴らしながら彼は言う。
弱み、そうだ、そう言えば……脅されていたんだっけ。
すでに快感に置換された脳内がその事を思い出させ、私はのろのろと重たい身体を動かし、
縛られた手首をベッドにつくと四つん這いの態勢になった。



「ぅ……あ……こ……これで……いい……?」
「おしい」



ただでさえ屈辱的なこの態勢をとっただけでも良しとして欲しいところなのに、
彼はそれではだめだと言った。



「……?」
「ねだれよ。フリでいいからさ。ほらもっと腰高く上げて」
「いたっ!!な……なんて」



そして精一杯持ち上げていたお尻を強く叩くと、耳元で卑猥なセリフを囁いた。



「っっっ!そんなこと……っ言えないっ……!!」
「そう。コレ、どうしようか。一応言っとくと、さっきまで録音してたから」
「……ひ、どい……」



コツコツ。
携帯を小突く音が響く。



「さあ、……どうする?」
「…………」



私に選べる選択肢は、ひとつしかない。
他の誰にも知られたくないなら、彼にはすべて知られるしかないのだと。



「絢音」
「……れて……」
「ん?」
「……入れて……ください」
「ん?」



耳元に囁かれたセリフとは違う言葉を口にした私に、彼はもう一度言うよう促す。
ひどい、どうして、そう思うのに膣口がひくつく。
少しも説得力の無い自分の気持ちと体との乖離が涙を溢れさせ、卑猥な言葉を口に出させた。



「っ、…………ぐすっ……、絢音のっ……お、まんこ……に、入れてください」
「んー。よく聞こえないけどギリギリ合格」
「っあ!あぅぅぅぅ……!きつい、よぉ……っ!」
「そー……だな、キツイ。絢音のおまんこが、ぎちぎち俺のチンポ締め付けてくよ」
「っあ、あっ……おく……っふあ……!!あつい……っなか……あっ……!!」



ごちゅごちゅと粘液を溢れさせ、涙をにじませながら、私は全身を快感に支配されていた。
自分でも逆らえないいやらしさが身の内にあるのだと心の隅で諦めながら。



「も……ゆるして……ゆるしてぇ……っあ、いや……ぁまたイく、イっちゃうよぉっ、あっ……ああー……!!」
「駄目。ようやく手に入ったんだ。……絶対、逃がさない」
「いっちゃう、イくっ……あぁっ……!!あ、ぅあぁ、あああああああぁぁぁ……!!」
「絢音……っ」







そしてそれからもうずっと、私の秘密は現在進行形で作られていくことになったのだった。



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